2017年3月6日月曜日

"11. Satisfied" (Hamilton: An American Musical)

さて、キラキラ、ハッピーだった "10. Helpless"から、ちょっと雰囲気が変わって次の曲、"11. Satisfied"。この二曲はワンセット、というのも、同じ出来事を二つの視点―イライザとアンジェリカ―から描いているから。

まず、内容に入る前に、曲の始めからくり返されるマイナー調の「タラララタラララ」という8音の上昇下降の音型、これはアンジェリカのライトモチーフ。これ以後、彼女が登場してくるときに、少しずつアレンジを変えながらくり返しでてきます。分かりやすいので、何度かアルバムを通しで聞いていると、すぐ気付くところだと思います。一方、イライザのライトモチーフはちょっとどれかな、という感じ。"10. Helpless"のタンタンタンタンという安定した4連続の和音かな、と思いますが、"down for the count~"のメロディを使っているところもあるそうで、この分かりやすさ/分かりにくさもキャラクターの性格と対応している、というのは深読みすぎ?

さて、"11. Satisfied"の内容。曲全体でもつぎつぎ展開していく、まさにアンジェリカの曲という感じ。まずはローレンズによる"Maid of Honor"アンジェリカ・スカイラーの紹介から始まり、アンジェリカへマイクが渡り(?)ます。

<あらすじ>
アンジェリカはイライザの結婚式で乾杯の音頭をとりながら、姉妹がハミルトンと最初に会った舞踏会のことを思い出す。一目で夢中になった妹にハミルトンを譲りながらも、アンジェリカもハミルトンに強く惹かれていたのだった・・・。

というわけで、姉妹とハミルトンの三角関係ですね。

曲はアンジェリカの乾杯の音頭が終わったところで、"Rewind"という言葉がくり返されます。「巻き戻し」ですね。ここは舞台演出上ですごく面白いところ。『ハミルトン』舞台装置のいちばんの売りである二重円の回転舞台を活用しながら、俳優や小道具が "10. Helpless"の最初の場面の位置へと戻っていきます。そして、「あの夜のことを思い出すわ ~」("I remember the night ~")と、アンジェリカの視点から運命の晩が再現されていく。

二人の初めての会話は以下のとおり。

[Hamilton] You strike me as a women who has never been satisfied.
[Angelica] I'm sure I don't know what you mean, you forget yourself.
[Hamilton] You're like me. I'm never been satisfied.
[Angelica] Is that right?
[Hamilton] I have never been satisfied.
[Angelica] My name is Angelica Schuyler.
[Hamilton] Alexander Hamilton.
[Angelica] Where's your family from?
[Hamilton] Unimportant. There's a million things I haven't done. But just you wait, just you wait.
[ハミルトン] あなたはどうも満足したことのない女性に思えますね。
[アンジェリカ] 何をおっしゃってるか自分でも分からなくなってるでしょ。どうかなさったんでしょう。
[ハミルトン] あなたは私と似てますよ。私は満足しない質でね。
[アンジェリカ] そうなの?
[ハミルトン] これまで満足したことはありませんね。
[アンジェリカ] 私はアンジェリカ・スカイラー。
[ハミルトン] アレグザンダー・ハミルトンです。
[アンジェリカ] ご家族のご出身はどちら?
[ハミルトン] どうでもいいことですよ。まだやり遂げていないことばかりだけど、今に見ててくださいよ。今にね。

ハミルトン、自己紹介する前からぶしつけに突っ込んだ話をぶっこんでます(昔だからいいけど、現在の設定だとしたら・・・)。まあ、口説き方としてはありかもしれませんが。この「満足しない」("never be satisfied")も、以後くり返し登場して、話の展開を生み出していく重要フレーズ。最後は、"1. Alexander Hamilton"からのリプリーズですね。

つづいて、ここから急にテンポの速い、しかも音の高低が利用されたテクニカルなラップに入り、アンジェリカが感じた興奮が表現されます。それまで、頭の回転が自分についてこれる男に出会ったことがなかった、こんなに楽しいの!っという内容。

[Angelica] This is what it feels like to match wits with someone at your level! What the hell is the catch. It's the feeling of freedom, of seein' the light. It's Ben Franklin with a key and a kite! You see it, right?
[アンジェリカ] これが自分と頭の回転が同じレベルの人間とやり合うときの感じなわけね! すごいじゃん。自由の実感、光が見えるって感じ。鍵と凧をもったベン・フランクリンよね。分かるでしょ?

最後の部分、ベン(ジャミン)・フランクリンの凧の部分は面白いですね。フランクリンは「建国の父 Founding Fathers」の長老に当たる人物ですが、国際的に名声が高かった科学者でもあって、そのいちばんの業績が稲妻が電気であることを証明したこと。その際に使われた道具が 「鍵と凧」なんですね。ともあれ、高速でラップしながらこんなネタまでぶちこんでくる。アンジェリカは相当頭が切れる人物であるわけです。(フランクリンは凧を使って感電させた鍵を自分で触って、稲妻が電気であることを証明したそうです。なんだか痛そう。)この後、アンジェリカがちょっとお姉さん目線(ヒゲも生えてないじゃん、かわいい!ってな具合)で、ハミルトンを値踏みするところなども面白いのですが、とりあえず、先へ。
(追記: この部分のリズムとライムをこちらで分析してみました。)

アンジェリカは待っているイライザのもとへハミルトンを連れて行きます("10. Helpless"では、同じ瞬間の、アンジェリカにハミルトンをとられたんじゃないかとヤキモキするイライザの心情が表現されています)、しかし、イライザの顔を見て・・・、その瞬間にすでに後悔が始まります。後頭のいい人だけに、なぜそんな後悔をする選択をしてしまったのかを―ー一瞬で頭にひらめいた三つの真実と―ー理屈っぽく考えようとするのが興味深いポイント。ここは、要約で。

メイン・アイデア:
私(アンジェリカ)はH氏について後悔の残る選択をした、それには3つの真実(理由)があったの。

三つの真実:
 ①金持ちの娘として金持ちと結婚することを求められていた、
 ②H氏は有力者スカイラー氏の娘だからという理由で言い寄ってきた(に違いない)、
 ③最愛の妹イライザがすでにH氏にぞっこんだった、

まとめ:
以上の理由でしょうがないし、イライザが結婚したからH氏には会えるんだけど、後悔してないわけじゃないのよね。

歌詞の内容が理屈っぽくて濃いです(笑)。ミランダによると、この表現法は、中学生のときに学んだエッセイ(小論)の書き方から発想したものだそう。アメリカでは、小論(英語ではessay)の書き方を早いうちから学ぶ、その基本パターンがこれですね。1つのメイン・ポイント、それを支える3つぐらいのトピック。最近は日本でも、大学あたりからは教え始めている考え方ですね。リーパーすみ子著『アメリカの小学校に学ぶ英語の書き方』(コスモピア、2011年)という本に、アメリカでこの書き方がどんなふうに教えられているかが紹介されています。もちろん、『ハミルトン』全体にいきわたった「カウント」のモチーフにもなっている。

この "11. Satisfied"はパフォーマンスのレベルでは一番難しい、という意見がある曲のようです。メロディアスなところもあるし、高速でフロウも多彩なラップ、感情の起伏もたくさん、というわけで、確かにそんな感じもしますね。それだけに、オリジナル・キャストのゴールズベリのパフォーマンスに憧れる女子が多数いるそうな・・・。ゴールズベリは『レント』の映画版(2005年のやつじゃなくて、ステージを再現した2008年版のほう)で、これまた魅力的なミミ役を演じていましたね。ですが、『ハミルトン』では呼ばれたわけではなくて、オーディションを受けて役を勝ちとったそうですよ。ただし、彼女が歌いだした途端に、彼女以外にアンジェリカはいない、となったようですが。

恋愛がメインのミュージカルであれば、ハミルトンとアンジェリカがお互いプライドが高くて角つきあわせ、途中、他の人物とくっつきそうになりながらも、最終的には結ばれてめでたしめでたし、というパターンになるはず。そうした展開が好きな人は、ミランダの師匠の師匠ハマースタインによる『オクラホマ!』(1943)を始めたくさん名作があるので、そちらをどうぞ。

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